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雲の中に、花の中に
2008.5 小山利枝子
2008年 多摩美術大学美術館 絵画のコスモロジー展カタログテキスト

 画家である私にとって最も重要なのは光りだ。どのような状況下であっても常に光りのニュアンスに意識の焦点を当てて、何かを探している自分がいる。そし て私はいつどこに居ても最高に美しいものに触れる事ができる。なぜならどんな場所にも空はあるからだ。空は純粋に光りそのもので雲は光りの受け皿だ。空は 刻々と光のドラマを生み出している。太陽が消えた夜空の主役は月になる。月に雲がかかれば月光が七色に変化して雲の際を映し出す。様々な光りのドラマに出 会った時は胸の高鳴りを押さえる事が出来ない。例えば恐ろしいくらいに赤く染まった夕焼け空を見ている時にわき上がってくる名状しがたい感情はいったいど こから来るのだろう。
 そんな私の感情のよりどころになる場所がある。それは光りと影の狭間で常にある奥行きをもって雲の中に現れる。そして不思議な事に同じような場所が小さ な花の中にも在るのだ。光りが作り出す花弁の陰影をデッサンしているとそういう場所があちこちに現れて、やはりどきどきしてしまう。その場所、その奥行き を感じさせる場所の向こうに私は現象的世界とは別次元の時間が流れる永遠の世界を夢想してしまう。なぜ雲と花に同じような場所を見いだしてしまうのかわか らないが、とにかく私が長年花を描き続けている理由はそこにある。そのような場所は雲と花の中にしか見つける事は出来ない。雲は一瞬たりとも形をとどめる 事はないので私が描写する事ができるのは花の中にある場所だ。

 オランダの光りを求めて、文化庁海外研修制度で初めてアムステルダムを訪れたのは一昨年の9月だった。オランダの光りは想像以上に繊細で青く、曇りの日 にはすべての色がうすい青の水に浸したようになる。秋はどんどん深まって、初冬になり運河沿いの並木は大方の葉をおとした。花屋からはダリアが消えて早々 チューリップが並び始めた。ハーグの駅構内にある花屋にガラス瓶に一輪ずつさした水蓮の蕾みが並んでいた。初めて見る紫色の睡蓮の花だ。その中の一輪を購 入し大切に運んで部屋の窓辺に置いた。帰国まで一週間を切る頃だった。心待ちにしていたが結局睡蓮が満開になった姿を見る事はできなかった。帰国直前にな りライデン、ハーレムなど、まだ訪れていない都市に出向いて日中は部屋を留守にしていたので、夕方帰宅する頃には宵闇が訪れて睡蓮は昼間開花していた気配 を残しながら花弁を閉じていた。それでも外出する前の時間に開き始めた花弁の中心に輝くような山吹色のおしべとめしべを見る事ができた。
 その睡蓮をみながら、真夏の早朝に長野の蓮根畑で咲く真っ白な大輪の蓮の花を思った。私の背丈より高い位置に咲くその白い花の向こうには、朝霧をまとっ た山々が見える。太陽が時間とともにその光りを増して、空が抜けるような青になる頃には灼熱の真昼にむかって世界は動き始め、朝霧は消えて山はくっきりと 立ち蓮はゆっくり花を閉じてゆく。一年で一番まぶしい光はどんどん黄金色になり、濃い影を作り出していく。蓮の花をデッサンしているとその姿が刻々と変 わって行く事に気がつく。短時間の間に開いたり閉じたりしているのだ。ただ見つめているだけでは気がつかない程に微妙なその姿の変化も、観察しながら描写 していると数分で変化している花の様相がはっきりわかる。私にとってデッサンする事はより深く見る事であり、この世界を体感する事でもある。そしてその先 にキャンバスがある。

 今回展示している「胎動」「月」「アメジストの夜」の三点は昨年五月六月の二ヶ月程滞在したアムステルダムで描いたシャクヤクのデッサンを元に今年完成 した作品である。五月のアムステルダムは街中に点在するたくさんの花屋に色とりどりのチューリップが溢れていた。細長い茎、よじれるように曲線を描きなが ら茎を取り巻く葉、そしてその頂点に咲く大きな花弁をもつチューリップを連日デッサンした。花屋からチューリップが次第に姿を消して6月にはいるとピンク 色の大きなシャクヤクが花屋の目立つ所に置かれる様になった。大小様々な形の多量な花弁から成る大輪のシャクヤクは、どんな部分をとっても多様なイメージ を紡ぎ出す事ができる大変魅力的な花だ。アムステルダムでの六月はシャクヤクの鉛筆デッサンにかなりの時間を費やした。
 そして夏至の日が来た。サマータイムとはいえ、その夜は11時近くまで明かりを付けずに窓からの光りでシャクヤクの姿を見る事ができた。窓辺が完全な闇 になるまでシャクヤクの姿を見つめ続けた時間は忘れ得ぬ至福の思い出だ。

 アトリエには今たくさんのシャクヤクがある。いつの間にか一年が過ぎようとしている。今年は長野のアトリエでシャクヤクをデッサンしている。数ヶ月後に はシャクヤクの中にある場所を新しいキャンバスに描いている事だろう。

2008年5月 小山利枝子

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